先日とある方に、大変おもしろく興味深い質問を頂きました。バラの育種家にここまで質問するなんて、ある意味凄い事です。でも、この切り込み方の質問ってインタビュアーとして凄い才能だと思いました。
その質問とは?「バラの育種って、今あるバラをちょちょっと交配して、ポンと世に出して、俺のバラ!みたじゃないですか?それって、どうなんですか?ありなんですか?」
いや、一瞬引きましたよ(笑)えっこの人凄い事言ってる!って思いましたけど、でもこれ同じような疑問を持っている人もいると思うんで、きちんと答えとかないとと思って、お答えしますね。
バラの育種は200年くらい前に始まったと言われていますが、その頃の育種家は、野生種やそれらの派生種を育種に使い、ある意味本当にオリジナルに近い交配、育種をしていたと思います。今の世界中の育種家が育種したバラを使っての交配と比べると、自然界が生み出したものや、そこから人間界で選抜を経て選ばれたものの交配ですから、よりその人の力が大きいと思われるかもしれません。でもおそらく、その野生種などを世界中から集めたプラントハンターからすれば、「人がとても苦労して集めたバラをちょちょいと交配して、俺のバラってなんだよ!」そう思ったかもしれません。いつの世も、人の気持ちを形作る上での要素は「立場」が一番大きいでしょうから。プラントハンターだけでなく、世界中からバラを集めた植物商なども、そう思ったかもしれません。
そう!何が言いたいかと言うと、バラに限らず育種とは「先人の仕事を絵の具にして、自分という媒体をキャンバスにして新たな美をつくりあげるもの」だと思うのです。どんなにオリジナリティあふれるバラの育種家も、最初はアマチュア、初心者です。誰かが作り上げたバラを交配に使わなければ、バラの育種は出来ないんです。いや!センスある育種家なら野生種、原種からでも出来るはず!確かに出来ますが、人生をかけて頑張ってどこまで行くでしょうか?どんなに才能がある人でも、人生を終わるころに、ラ・フランスのようなものを作り上げるのがやっとでしょう。ハイブリッドティの入口にいけるかどうか?なので、バラを魅力面でも機能面でも進化させることはできません。バラの育種でかかる時間からすると、人生はあまりにも短いですから…
例えば20世紀、ハイブリッドティ全盛だったバラを、ロゼット咲きやカップ咲きのオールドローズのような花型をもって、そこに多様な色彩と四季咲き性を取り入れ人気のバラとしたデビッドオースチンだって、その呪縛からは逃れられません。彼が頭が良いのは、彼のバラの見た目は古い世代のオールドローズのような統一感のある花型ですから、かなり昔のバラを今に甦らせ、さらにそこに新しさを加えて、バラの時代を変えていった!そんなイメージを人々に印象付けたことです。
ところがバラの四季咲き性や、そこからくる樹形、そして豊富な花色という、バラの機能面や美しさのバリエーション面ではどうでしょうか?彼がバラの育種を始めた1950年代からすると、作出から10年も経っていないような最新のフロリバンダやシュラブをふんだんに使っているのです。そう、先人達の素晴らしい仕事がなかったら、あのデビッドオースチンでさえ、今のイングリッシュローズを作る事は出来なかったのです。バラの顔を昔のオールドローズタイプに統一した、そのイメージにより、それらの新しいバラのイメージを表にあらわさず、他の誰でもないバラ、イングリッシュローズを作り上げた彼ですが、育種の背景にはそんな設計図があったのです。
もちろん彼は世をだましているわけでもないし、そんな気がないことは、その交配レシピを世界に公表しているから分かります。そしてバラの先人達に感謝をしていることが分かります。そして、すべてのバラの育種家は先人達に感謝しながら、その仕事の結晶であるバラを交配に使い、自分自身の経験と美意識から、より新たなバラの美しさや機能面での進化を世に提案しなければいけないという事です。コピーのような育種は誰にでもできます。どんな著名な育種家もそこからのスタートです。問題はそこから次のステージに行けるかなのです。
自分自身の人生では時間が少なすぎるから、先人達の作品を絵の具として使わせて頂いて、バラを進化させることが出来たなら、それは「ちょちょっと交配して、ポンと世に出して、俺のバラ!」ではないのです。バラをより魅力的で、多様性を増やし、耐病性など機能面で進化させることが出来たのなら、それは正統なバラの育種家の仕事なのです。そして、ここからだ大事なところです。ペイフォワード Pay Forward
われわれバラの育種家は、先人達から多大な恩恵を受けてバラの育種が出来ています。それでも、ちょちょいどころか大変な苦労をしながらバラの育種をしているのですが、先人達のバラを使わせて頂いて作り上げたバラを、後進が使いたくなるようなバラに進化させる使命があるんです。今度は自分が作ったバラを絵の具として使ってもらえるよう、世に残す義務があるんです。今から100年もたった頃のバラの新品種の交配図をさかのぼると、自分が作り上げたバラがそこにあったなら、僕は先人達への感謝を次世代につなげられた事になるでしょう。そして欧米が作り上げたバラを欧米に違う形でお返しし、そしてアジアなど別の地域で進化させてもらう。時代も距離も越えて、自分のバラが線として続いていけるような育種をしたい。そして時代も距離も越えて、人々の喜びや癒しとなるようなバラを作りたい。それが夢です。
でも現実は口で言うほど現実は簡単じゃないです、やっとモノマネから次のステージに歩み始めたばかりですから…僕のバラの育種の仕事は20年経って、やっとそんなところです。それだけ時間がかかり、一人前になるのに年数が必要な仕事なのです。
トップの写真は今一番僕が尊敬する育種家のひとりアンドレ・エヴ社のジェロームと
After roses, everything.
Before roses, nothing.
Rose Creator 木村卓功
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